美し言の葉 掲示板

「美し言の葉」の相互コミュニケーションを図る掲示板。会員以外の方もどうぞ。



カテゴリ:[ 趣味 ]


89件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。


[89] あ~すけ様、ありがとうございます

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2018年 5月 7日(月)13時54分16秒 pc60064.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

青森市内、廣田神社境内の実方桜の歌碑をご紹介下さり、まことにありがとうございます。

桜を愛でるひととき、雨を厭い、逃れるのでなく、その花の下で濡れながら愛でつづけたとは、何とも味わい深く、歌ごころのあふれる作品ですね。

「おなじくは」の意から、私個人の経験をお話ししますと、1992年ごろ、五能線の「ノスタルジックビュートレイン」に乗るため、当時住んでいた名古屋から敦賀を経由し、寝台特急「日本海」で弘前まで行って、その列車に乗ったことがあります。その際、「おなじくは」日本海の海辺を車窓から眺めるばかりでなく、みずから風に吹かれて歩きたいと考えて、千畳敷駅で下り、大戸瀬、風合瀬(かそせ)、驫木(とどろき)と、10キロほど歩いたことがありました。

実方中将は、廣田神社のご祭神なのですね。よいお話を、興味深く拝読しました。




[88] 実方桜の歌碑

投稿者: あ~すけ 投稿日:2018年 5月 3日(木)18時02分23秒 ai126160036133.39.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

ご無沙汰致しております。
青森市にある廣田神社の境内にある実方桜に歌碑があったのですが、近年、積雪で破損し、失われておりました。
それが久方ぶりに再設置されましたので、実方桜と歌碑をアップロード致します。

なお、廣田神社は青森ねぶた祭りの運行コースにございます。
青森においでの際は、お寄りになってはいかがでしょうか。
実方様より、佳い一首のインスピレーションを戴けるかもしれません。
歌碑の内容を転記致します。

実方桜(さねかたざくら)【幸せを呼ぶご神木】

廣田神社の御祭神である藤原実方が、あるとき殿上人等と共に東山に桜を見に行かれた。
そこで皆が桜の美しさに酔いしれて見惚れていると、突然にわか雨が降り出した。
すると、降り止まぬ雨に皆が立ち騒ぐなか、実方だけは逃げることもせず桜の枝の下に入り

桜狩雨は降りきぬ
 おなじくは濡るとも
  花の影に隠れむ

と詠みあげ、袖が絞れるほど全身がずぶ濡れになるのも忘れて、ただ陶然と雨に滴る濡れ桜の美しさに見とれていた。その風流な振る舞いは瞬く間に都の人々に知れ渡り深い感動を与えたと伝えられている。

その伝えから、この歌の優美さを後世に語り継がれるよう御神木として境内に桜を植樹した。
以来、桜の前でお願いをし、次の日に雨が降ると心が洗われ美しくなり、幸せになれるといわれている。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[87] 「芽吹く言の葉」更新しました!

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2018年 4月27日(金)08時53分54秒 pc60064.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

お知らせです。「芽吹く言の葉」に、あ~すけ様の添削例を掲載させていただきました。沢山の方に読んでいただければ、と思います。よろしくお願い致します。



[86] 「短歌のいろは」更新しました!

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2018年 4月14日(土)19時08分29秒 pc60064.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

ご無沙汰しております。久しぶりにホームページの「美し言の葉」、石井綾乃の世界のなかの「短歌のいろは」を書きました。初心者だった石井が、疑問に思ったことを、不定期に綴っています。ぜひご高覧下さいますようお願い申し上げます。



[85] 明けましておめでとうございます

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2018年 1月 7日(日)10時19分8秒 pc60064.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

まだ松の内なので、ぎりぎり新年のご挨拶が出来ました。
さて、昨年暮れはばたばたしており、諸事遅れがちで申し訳ございませんでした。
やっと、「芽吹く言の葉」に、あ~すけ様2作、中溝様1作の添削案を掲載させていただきました。皆様、どうぞお目通し下さいませ。

本年もどうぞよろしくお願い致します。



[84] 謹んで新春のお慶びを申し上げます

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2018年 1月 3日(水)11時51分52秒 KD182251247044.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

    平成として明け、暮れる最後の一年となりました。あけましておめでとうございます。一般参賀の人数が平成最高になったとのこと、私も等しい思いを持っております。短歌に携わる者として、この一年はとくに心して、諸事に真向かって参りたいと存じます。

    本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



[83] 年末のご挨拶と、当掲示板ご利用上のお願い

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年12月30日(土)00時10分43秒 pdf866020.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

 文学さろん「美し言の葉(うましことのは)」の会員のみなさまと、またひろく文学を愛し、親しむ方々の交流の場として開設致しました当掲示板にお目通しいただき、またご利用下さいまして、ありがとうございます。当掲示板は、ごあいさつ及びこの文面でも申し上げております通り、短歌を中心として文学全般を愛好するみなさまに、幅広くご利用いただくことを願って公開致しております。

 本年のしめくくりのごあいさつとあわせ、一点だけお願いを申し上げます。記事の内容に関しましては、著しく「文学」の観点から逸脱するか、公序良俗に反するものでなければ、掲載をお断りする、もしくは当方で削除する、という手法をとる考えはありません。しかしながら、SNS一般の配慮の範疇にあることだとも存じますが、投稿される方ご自身のPR、商品告知に類するものを掲載したり、リンクを貼ったりすることは、ご遠慮下さるようお願い致します。

 今後同様の投稿が見られる場合は、その投稿そのものを削除する旨、本文面にてお断りする次第です。会員のみなさま、また短歌ほか文学について語り合いたい読者の方々は、ひきつづき等掲示板をご利用下さいますよう、お願い申し上げます。

 平成29年、2017年も、あと2日ほどで終わりとなります。どうぞみなさま、良いお年をお迎え下さい。

美し言の葉
小田原漂情
石井綾乃

 



[82] 古狂歌

投稿者: 敬愚 投稿日:2017年10月 8日(日)02時45分18秒 108-83-65-123.lightspeed.miamfl.sbcglobal.net  通報   返信・引用

言の葉の自由自在と詠む課題の多様性は、いわゆる滑稽句と狂歌に限るかと思います。外人ながら、江戸時代以前の狂歌を読むと元気は出る。十年を渡る万葉集まで遡る研究は、最近やっと出した。合わせて約一万首になるが、

9780997946307  古狂歌 ご笑納ください: 万葉集まで首狩に行ってきました $39 約六百頁
9780997946314  古狂歌 物に寄する恋: 託せば思ひも軽くなります 同 $35 七百頁
9780997946321  古狂歌 滑稽の蒸すまで: 鮑の貝も戸ざさぬ国を祝ふ  同 $33 四百頁
9780997946338  古狂歌 気の薬のさんぷる袋: 「ご笑納ください」の大文字短縮版  同 $17二百頁

三番目は印刷屋の中で書名が変に化けてしまった。世界最大の印刷屋ながら月一度しか直らないで、他の三冊の中で日本のアマゾンに出ない唯一の古狂歌本です。その存在もお忘れしないように表紙画像を下におく。 他はrobin d gillで直ぐでてきます。但し、親切に十冊買ってくださる天子現れたらAmazonは在校を取り寄せるから、二、三日で届けるようになる。いつか出世ばらいでサイン本や現金か講演かなにかで補う。。。FBにもいます。前は、日本語は気の薬。今は毎日狂歌。TwitterでFuruKyoukaとしても投稿おおかったが、英訳などを加えないから、少々軽薄になりがち。Paraverse PressのUpdateは殆どない。XPのころ簡単だったが今は困ります。全四冊にあるバナナの葉の写真も最近のHurricane (Irma中)の写真。もっと見たければ、我がFBぺいじへ。今はMiami.早く再来日したいが、学生と共著するゼミが可能の勤め口を先ず見つけなければならない。

http://hw02.blogspot.jp/2017/09/robin-d-gill.html



[81] 「芽吹く言の葉」更新しました。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 9月 3日(日)19時11分25秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

あ~すけ様、写真のご紹介ありがとうございました。大変興味深く拝見致しました。歌碑などを、この掲示板で紹介して、皆様と共有するのもいいですね。アイディア、ありがとうございます。さて、あ~すけ様の7月の御作と、添削例を「芽吹く言の葉」に掲載させていただきました。皆様、ぜひご一読下さいませ。取り急ぎ、ご紹介させていただきました。



[80] 中将藤原朝臣実方さまのお墓に行きました。

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 8月23日(水)14時16分38秒 ai126198033228.60.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

先日、宮城県名取市の中将藤原朝臣実方さまのお墓を訪ねた時の写真です。
お墓のそばには、短歌を投稿できるポストもあり、入選歌は入口に掲示されていました。
西行や芭蕉や子規も訪ねたそうで、子規の碑もありました。

中将藤原朝臣実方さまは、いつもお参りしている青森の廣田神社を創建なさったとされ、御神歌も伝えられています。

御神歌…なかめやる雲井の空はいかならん 今ぞ身にしむ外ヶ浜風

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[79] 「芽吹く言の葉」また更新しました。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 8月20日(日)10時15分19秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

あ~すけ様に続いて、中溝様の作品を、「芽吹く言の葉」に掲載させていただきました。皆様、ぜひご一読くださいませ。掲示板への、皆様の投稿をお待ち申し上げております。よろしくお願い致します。



[78] 「芽吹く言の葉」更新しました。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 7月26日(水)19時51分18秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

あ~すけ様、投稿をありがとうございます。小田原の塾が最繁忙期に入ったため、なかなかお返事が書けずに申し訳ございません。
ところで恒例のお知らせです。「芽吹く言の葉」に、あ~すけ様の御作品と添削例を掲載させていただきました。ひろく皆様、ご一読くださいますようお願い申し上げます。



[77] 近況

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 6月30日(金)15時01分2秒 ai126146057106.53.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

石井綾乃先生におかれましては、意欲的に字余りに挑戦なさっている由。
まだまだ詠み始めたばかりの私は、下手に字余りにすると調子が崩れていると思われるので、まだまだ定型を崩さずに挑戦致します。

教えを乞うて一年半程度になりますが、有難いことにゆっくりとではありますが一首を詠む力が育ちつつあるように思います。
先日、初めてNHKの短歌番組で私の一首が放送されました。
初心者向けの「短歌de胸キュン」で兼題「可笑しい」の一首を選者の佐伯裕子先生が採って下さいました。

語尾なぜか笑いを少し加える子特に可笑しな節もないのに

自分を嗤うというのが、隠しテーマだったようで、子どもにとっては面白い事を言っているのに、父である自分にはその面白さを理解できない点が、この一首が評価された点だったようです。
解説を聞くまで、全くそういった要素をはらんでいることには気付きませんでした。

ひき続き、古い一首の鑑賞を試みます。

NHK短歌2017年4月号別冊付録
歌枕名歌30首短歌手帳より

宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て

宮城野 詠み人知らず『古今和歌集』

二句目が八音、三句目が六音で、まさに字余りです。
宮城野萩という植物があるようです。仙台には「萩の月」という有名なお菓子もあります。仙台市宮城野区の萩と言えば、有名なのかもしれません。

宮城野のあたりのまばらに生える萩が、露の重みを払ってほしくて風を待つようにあなたを待っております

といった意味でしょうか?

宮城野のもとあらの萩露重く風を待つごと君をこそ待て

とでもすれば(古語の文法上正しいかは不明ですが)定型になりそうなところを、あえて「小萩」とし、「露の重み」と詠んだところに大きな意味があるのかと思います。
小田原漂情先生の解説が待たれるところです。

詠み人知らずとは市井の名もなき歌人が詠んだとも、名を後世に残せないやんごとなき方が詠んだとも聞きますが、現在まで一首が読み継がれていることには、何か一首に魅力があるのだと思います。
また、私の持論である和歌ツイッター説ですが、yahooポータルに「Twitterをにぎわす話題」などがまとめられますが、現代はICTによって、ある程度長い散文も画像も共有できます。
しかしながら識字率が低かった古代から江戸時代にかけては、覚えやすいリズムの短詩系文芸である和歌(短歌)や発句(俳句)、付け句(川柳)などがツイッターのように世間に広まっていったのではないでしょうか?
能も歌舞伎も、現在では由緒正しい伝統芸能であり、芸術性豊かなものですが、発生当初は庶民の楽しみであったと思います。
古典落語もほんの庶民の楽しみに過ぎなかったものが、今は立派な芸術です。
寿司だってファストフードでしかありませんでしたが、今では高級な食事です。
そういう意味では、短歌の源流である和歌も、当時の感覚では現代のツイッターとそう違いがあるものではなかったのではなかろうかと思うのです。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[76] 字余り

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 6月25日(日)21時45分20秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

短歌作品の鑑賞という試みは、皆様ぜひ続けていってくだされば幸甚です。イレギュラーではありますが、最近、実作の際、字余りをあまり怖れなくなってきた、自分の詠い方について少し述べてみたいと思います。

いままで、小田原の進言もあり、五句三十一音にきっちり収めることを、まず頭に入れて詠ってきました。それがある程度身に付いたということなのか、字余りを試す余裕のようなものが出てきました。

最近の作ですが、

 水の神をらば顕(た)ち来よ冬のプールに苦役のごとくたたらを踏みつ

 いつせいに飛沫を上げる脚また脚コーチの高き声の響かふ

このように、字余りを意識して作歌してみました。
字余りと言えば、若山牧水に瞠目するほどの字余りの歌があります。

 納戸の隅に折から一挺の大鎌あり、汝(なんぢ)が意志をまぐるなといふが如くに

 浪、浪、浪 沖に居る浪、岸の浪、やよ待てわれも山降りて行かむ

 一首目は第6歌集『みなかみ』、二首目は第5歌集『死か藝術か』に収められています。
二首とも、字余りを恐れるどころか、自由闊達にしらべを楽しんでいるかのような、破調でありながら見事に短歌のリズムを堅持している牧水の力量の凄さに、今さらながら「巨人」を見る思いです。この牧水のしらべを胸に、自作も字余りに挑んでみたい心境です。





[75] 「芽吹く言の葉」更新しました。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 6月25日(日)19時07分46秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

お久しぶりです。しばらく投稿から離れ、ご無沙汰をしてしまいました。あ~すけ様や中溝様が、短歌の鑑賞で盛り上げて下さり、小田原漂情もいろいろ書かせていただきましたが、ここのところ流れが止まっており、申し訳ない限りです。石井も、近いうち一筆書かせていただきたいと存じます。

あとさきになりました。「芽吹く言の葉」欄に、あ~すけ様の添削案を掲載させていただきました。遅くなり、申し訳ございません。是非、皆様お目通し下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。



[74] 百人一首にも採られている名歌のご鑑賞、ありがとうございます。

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年 5月25日(木)00時57分19秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは    清原元輔

 あ~すけ様の先日のご投稿である、掲出歌に関してのご考察、うれしく、ありがたく拝読しました。私自身が短歌もしくは三十一文字に心ひかれた大本のきっかけは、やはりこの歌を含む、百人一首でしたから。もちろん最初は、家庭の正月の「かるた取り」の段階でしたが、その後、中学時代は三年間、必修クラブの「韻文学クラブ」をつづけ、高校では一年次の「百人一首大会<かるた札取り>」で入賞したことなども、あわせて思い返しました。ありがとうございます。

 さて、いろいろ語りはじめるとさまざまな方面に話題が拡散してしまいますので、まず今回は、この元輔の歌の、鑑賞および文法の点についてのみ、書かせていただきます。

 解釈の大意にかかわる部分で、あ~すけ様のご文章には、大きな誤りはないのですが、ただ一点、「かたみに」については、「形見」とは異なる意を持つ言葉ですから、その点を入り口に、少しお話し致します。

 「かたみに」は、品詞で言えば「副詞」であり、漢字を交えて書くと、「互みに」となります。読んで字の如く「互いに」の意味です。

 ここを押さえると、「誓いましたなぁ」から、「心変り侍りける女に」、そして「それなのにあなたは・・・」の流れも、わかりやすくなるのではないでしょうか。

 「契りきな=(あの時)誓いましたよね!」の初句切れ、その強さを受けつつ、「お互いに(袖をしぼって)涙を押さえつつ、あの『末の松山』を波が超えることのないように、心変わりしないでいましょうと」という歌意で、あ~すけ様の解釈と同様に、読みとれて行くかと思います。

 「和歌」の中の一種、かつ大半であった「古典」の時代の短歌と、子規以降の近代短歌とのちがい、そしてかかわりについては、稿を改めさせていただきたいと思います。

 あ~すけ様、ありがとうございました。




[73] ご無沙汰しております

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 5月17日(水)18時53分7秒 211.2.159.92  通報   返信・引用

いろいろ気ぜわしくしておりまして、ネットに向かう十分な時間が取れずにおります。

前回に続き、古い一首の鑑賞を試みます。

NHK短歌2017年4月号別冊付録
歌枕名歌30首短歌手帳より

契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは

末の松山 清原元輔『後拾遺和歌集』
「末」には「すゑ」とルビがあります。

一句目の「契りきな」は「誓いましたなぁ」ということでしょうか。
二三句の「かたみに袖をしぼりつつ」の「かたみ」とは「形見」のようですね。
形見の意味は思い出の種となるものだそうです。
袖を絞ったのですから、濡れた訳です。
雨や波で濡れたのではなく、形見とあるので、別れの寂しさ・悲しさの涙に濡れたということなのでしょう。
「末の松山」とは宮城県多賀城市にある末松山宝国寺のようです。
「浪越さじとは」は一句にかかり、末松山宝国寺付近には波が越えることがないように、永遠の誓いをしましたねということのようです。

実際に東日本大震災の津波も、多賀城市の末松山宝国寺付近には届かなかったようです。

ところで、ネットなどで検索しますと、この歌の最後に「それなのにあなたは・・・まんまと浮気したんですね」といった意味が続くように書かれているものもありますが、そういう意味がこの歌にあるのかどうか、あるとすればどの部分なのかは不勉強な私にはまだわかりません。

この歌は、詞書に「心変り侍りける女に、人に代りて 清原元輔」と書いてあるネット情報もありますので、歌そのものではなく、詞書から「それなのにあなたは・・・」という意味が読み取れるのかもしれません。

「末の松山」は陸奥を代表する一流の歌枕として慕われ続け、「愛の契り」に触れた歌に多く詠まれているとのことです。

学べば学ぶほど、奥が深いのですが、明治以降の短歌と、古来の和歌の中の短歌では、趣などが異なるように感じます。
現在の歌壇において、歌枕のようなものは生きているのだろうかとか、今、この歌枕というものを用いて詠んだ場合は、どのように受け止められるだろうかなど考えてしまいます。

俳句の季語なども歴史的な成立を伝承したものですが、俳句の季語の場合、主に明治に正岡子規によって系統的に整理され、それ以前の発句としての俳句と、それ以降の俳句には、いささか違いがあるように感じます。
付け句としての川柳、しかも文芸川柳と呼ばれる詩的芸術性の高い川柳と、無季の俳句との線引きがあいまいになっているのも、本来の発句と付け句という性格が失われつつあることが原因だと思います。

そういう流れとは別ではありますが、和歌の一部としての短歌と、現代の短歌も同じ流れの中ではあっても、必ずしも同じものではないのではないだろうかと感じます。

現在、文字制限がある民衆から発生する文芸として、ツイッターというものがあり、優秀なものがネットで紹介され広まったりしていますが、本来、短歌と言うものも同じようなものであったのではないだろうかと思います。

現在の文化の中で、短歌・俳句・川柳などといった短詩系文芸が、今以上に身近なものとして見直され、ゆくゆくは世界にもっと広がっていって欲しいと願います。
そういった短詩系文芸が、ノーベル文学賞などの対象にならないものかと思うのです。
ボブディランのノーベル文学賞受賞を考えると、そういう流れもあってもおかしくはないのではないかとは思います。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[72] 「芽吹く言の葉」更新しました!

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 4月17日(月)11時21分31秒 p3b9306a8.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

あ~すけ様、お忙しいところ、ご投稿ありがとうございました。興味深く拝見しております。ながれを断ち切ってしまうようで恐縮ですが、お知らせです。「芽吹く言の葉」に、中溝様、あ~すけ様の御作の添削案を掲載させていただきました。皆様、是非ご覧くださいますようお願い申し上げます。



[71] 牧水の「さうですか歌」

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 4月16日(日)17時04分19秒 211.2.159.92  通報   返信・引用

漂情先生から、沢山興味深いお話を戴き、お返事を書こう書こうと思いつつ、パソコンに向かう時間を確保することに苦労しています。
ネットって、意外と時間をすぐ消費するものですから。

牧水であっても歌集に渾身の一首ばかりを載せることはできないのですね。
バンドにたとえるとアルバムのようなものでしょうか?
ベストアルバムならともかく、新作のアルバムには、あれっていう曲も多いですね。

私は俳句もやるのですが、初心のコンクールなどは、一句を評価しますが、上級者の賞は、句集に対する評価のようです。
おそらく、短歌も同様なのではないでしょうか?

渾身の一首だけ携えても、評価の場へ並べることもできないのかもしれません。

まあ、私なんぞは、歌集も句集も遠い先の夢物語ではありますが・・・

NHK短歌テキスト4月号の佳作に載ったので、購入しまして、おまけがついていました。
歌枕名歌30首短歌手帖とあります。

陸奥(みちのく)はいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟の綱手かなしも
(カッコ内はルビ)
塩竃の浦 東歌『古今和歌集』とあります。

「あれど」は「ありますが」でしょうか?
「かなしも」には「いとおしい」という意味もあるようですね。

東北地方のどの辺かはよくはわかりませんが、塩釜の海を行くの船の引き綱はもの悲しいですねぇ。
と言った意味でしょうか?

去っていく海の男に対する恋の歌なのかなぁと思いました。
まったく見当はずれかも知れません。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[70] 古典、近代、現代 の歌 その③ 在原業平について

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年 4月13日(木)01時00分41秒 p3b9306a8.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

 『古今集』の時代の歌人で、「六歌仙」の一人に数えられる(「三十六歌仙」にも含まれます)在原業平(ありわらのなりひら)が、いろいろな面から私の好きな古代の歌人の一人であります。

 業平と言えば『伊勢物語』です。その各章が「昔、男ありけり」からはじまる「歌物語」で、その「男」の、おもに恋の遍歴が和歌(短歌)をまじえた物語でつづられており、「男」は業平であろうと、考えられているのです(皇太子でありながら皇位につけなかった惟喬親王とのくだりなどもあり、恋愛譚ばかりではありません。また業平自身も、本来は皇統の人物です)。

 私が『伊勢物語』と業平を好むのは、経営している「言問学舎」の名の由来である言問通り、言問橋が、次の歌にその由来を持っていることが、第一の理由と言えそうです。

 名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふひとはありやなしやと

 ・・・都鳥という名をその身に負っているならば、いま尋ねるから、答えてくれよ、都鳥よ。都にすむ私の愛しいあの人は、元気でいるのかどうか、その身のありようを・・・。

 この歌は、『伊勢物語』の「東下り」という章の、結びの部分に掲げられています。業平は皇統とはいっても臣籍降下した身であり、さりながらのちに中宮となる藤原氏の子女と恋仲になるなどして、都にいづらくなって「東国へ下った」というのが、「東下り」の背景にあります。

 さて、「東下り」の章のはじめには、これも大変よく知られた名歌があります。

 から衣きつつなれにし妻しあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ

 この歌は、「かきつばた」の五文字を、「初句、二句、三句、四句、結句」それぞれのはじめに読みこんでいる(折句)ほか、序詞、掛詞、縁語といった和歌の技法をたくさん盛りこんだ歌としても、よく知られています。大意は次の通りです。

 ・・・思いを残しながら離れて来た都には、長年連れ添い、親しんだ妻がいる。その妻のことを思えばこそ、都からここまでの長旅が、心にしみて思われることだ・・・。

 詠まれたのは、三河国(現在の愛知県東部)の八橋というところ(愛知県知立市)だとされており、授業で生徒たちに教える時、私自身がかつて親しんだそのあたりの土地の様子なども織り交ぜて、話しております。かつて親しんだ、とは、四半世紀も前になる平成2年(1990年)から平成7年(1995年)にかけての5年間、当時勤めていた出版社の転勤で、名古屋に住んでいたことによるのですが、このほどちょっと急用ができて、その名古屋へ行って来ました。

 土曜の夜に名古屋へ行き、帰りの日曜日は夕方までゆとりがあったため、かつてなじんだ名古屋市内を散策したあと、現在の知立市内となる八橋の、業平ゆかりのお寺などをたずねて、業平の心をわずかに知り得た思いを胸に、帰京した次第でありました。この稿の冒頭に掲載した写真が、業平ゆかりの「無量寿寺」境内の井戸のものです。

※この「業平」のことなど書きたくて、3回にわたり「古典・近代・現代」などと銘打った投稿をさせていただきましたが、これでひと区切りと致します。どうぞみなさま、思い思いのご寄稿をお寄せいただきたく、饒舌のお詫びかたがた、ご挨拶とさせていただきます。





レンタル掲示板
89件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。

お知らせ · よくある質問(FAQ) · お問合せ窓口 · teacup.レンタル掲示板

© GMO Media, Inc.