美し言の葉 掲示板

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78件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。


[78] 「芽吹く言の葉」更新しました。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 7月26日(水)19時51分18秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

あ~すけ様、投稿をありがとうございます。小田原の塾が最繁忙期に入ったため、なかなかお返事が書けずに申し訳ございません。
ところで恒例のお知らせです。「芽吹く言の葉」に、あ~すけ様の御作品と添削例を掲載させていただきました。ひろく皆様、ご一読くださいますようお願い申し上げます。




[77] 近況

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 6月30日(金)15時01分2秒 ai126146057106.53.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

石井綾乃先生におかれましては、意欲的に字余りに挑戦なさっている由。
まだまだ詠み始めたばかりの私は、下手に字余りにすると調子が崩れていると思われるので、まだまだ定型を崩さずに挑戦致します。

教えを乞うて一年半程度になりますが、有難いことにゆっくりとではありますが一首を詠む力が育ちつつあるように思います。
先日、初めてNHKの短歌番組で私の一首が放送されました。
初心者向けの「短歌de胸キュン」で兼題「可笑しい」の一首を選者の佐伯裕子先生が採って下さいました。

語尾なぜか笑いを少し加える子特に可笑しな節もないのに

自分を嗤うというのが、隠しテーマだったようで、子どもにとっては面白い事を言っているのに、父である自分にはその面白さを理解できない点が、この一首が評価された点だったようです。
解説を聞くまで、全くそういった要素をはらんでいることには気付きませんでした。

ひき続き、古い一首の鑑賞を試みます。

NHK短歌2017年4月号別冊付録
歌枕名歌30首短歌手帳より

宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て

宮城野 詠み人知らず『古今和歌集』

二句目が八音、三句目が六音で、まさに字余りです。
宮城野萩という植物があるようです。仙台には「萩の月」という有名なお菓子もあります。仙台市宮城野区の萩と言えば、有名なのかもしれません。

宮城野のあたりのまばらに生える萩が、露の重みを払ってほしくて風を待つようにあなたを待っております

といった意味でしょうか?

宮城野のもとあらの萩露重く風を待つごと君をこそ待て

とでもすれば(古語の文法上正しいかは不明ですが)定型になりそうなところを、あえて「小萩」とし、「露の重み」と詠んだところに大きな意味があるのかと思います。
小田原漂情先生の解説が待たれるところです。

詠み人知らずとは市井の名もなき歌人が詠んだとも、名を後世に残せないやんごとなき方が詠んだとも聞きますが、現在まで一首が読み継がれていることには、何か一首に魅力があるのだと思います。
また、私の持論である和歌ツイッター説ですが、yahooポータルに「Twitterをにぎわす話題」などがまとめられますが、現代はICTによって、ある程度長い散文も画像も共有できます。
しかしながら識字率が低かった古代から江戸時代にかけては、覚えやすいリズムの短詩系文芸である和歌(短歌)や発句(俳句)、付け句(川柳)などがツイッターのように世間に広まっていったのではないでしょうか?
能も歌舞伎も、現在では由緒正しい伝統芸能であり、芸術性豊かなものですが、発生当初は庶民の楽しみであったと思います。
古典落語もほんの庶民の楽しみに過ぎなかったものが、今は立派な芸術です。
寿司だってファストフードでしかありませんでしたが、今では高級な食事です。
そういう意味では、短歌の源流である和歌も、当時の感覚では現代のツイッターとそう違いがあるものではなかったのではなかろうかと思うのです。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[76] 字余り

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 6月25日(日)21時45分20秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

短歌作品の鑑賞という試みは、皆様ぜひ続けていってくだされば幸甚です。イレギュラーではありますが、最近、実作の際、字余りをあまり怖れなくなってきた、自分の詠い方について少し述べてみたいと思います。

いままで、小田原の進言もあり、五句三十一音にきっちり収めることを、まず頭に入れて詠ってきました。それがある程度身に付いたということなのか、字余りを試す余裕のようなものが出てきました。

最近の作ですが、

 水の神をらば顕(た)ち来よ冬のプールに苦役のごとくたたらを踏みつ

 いつせいに飛沫を上げる脚また脚コーチの高き声の響かふ

このように、字余りを意識して作歌してみました。
字余りと言えば、若山牧水に瞠目するほどの字余りの歌があります。

 納戸の隅に折から一挺の大鎌あり、汝(なんぢ)が意志をまぐるなといふが如くに

 浪、浪、浪 沖に居る浪、岸の浪、やよ待てわれも山降りて行かむ

 一首目は第6歌集『みなかみ』、二首目は第5歌集『死か藝術か』に収められています。
二首とも、字余りを恐れるどころか、自由闊達にしらべを楽しんでいるかのような、破調でありながら見事に短歌のリズムを堅持している牧水の力量の凄さに、今さらながら「巨人」を見る思いです。この牧水のしらべを胸に、自作も字余りに挑んでみたい心境です。





[75] 「芽吹く言の葉」更新しました。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 6月25日(日)19時07分46秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

お久しぶりです。しばらく投稿から離れ、ご無沙汰をしてしまいました。あ~すけ様や中溝様が、短歌の鑑賞で盛り上げて下さり、小田原漂情もいろいろ書かせていただきましたが、ここのところ流れが止まっており、申し訳ない限りです。石井も、近いうち一筆書かせていただきたいと存じます。

あとさきになりました。「芽吹く言の葉」欄に、あ~すけ様の添削案を掲載させていただきました。遅くなり、申し訳ございません。是非、皆様お目通し下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。



[74] 百人一首にも採られている名歌のご鑑賞、ありがとうございます。

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年 5月25日(木)00時57分19秒 p85336c.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは    清原元輔

 あ~すけ様の先日のご投稿である、掲出歌に関してのご考察、うれしく、ありがたく拝読しました。私自身が短歌もしくは三十一文字に心ひかれた大本のきっかけは、やはりこの歌を含む、百人一首でしたから。もちろん最初は、家庭の正月の「かるた取り」の段階でしたが、その後、中学時代は三年間、必修クラブの「韻文学クラブ」をつづけ、高校では一年次の「百人一首大会<かるた札取り>」で入賞したことなども、あわせて思い返しました。ありがとうございます。

 さて、いろいろ語りはじめるとさまざまな方面に話題が拡散してしまいますので、まず今回は、この元輔の歌の、鑑賞および文法の点についてのみ、書かせていただきます。

 解釈の大意にかかわる部分で、あ~すけ様のご文章には、大きな誤りはないのですが、ただ一点、「かたみに」については、「形見」とは異なる意を持つ言葉ですから、その点を入り口に、少しお話し致します。

 「かたみに」は、品詞で言えば「副詞」であり、漢字を交えて書くと、「互みに」となります。読んで字の如く「互いに」の意味です。

 ここを押さえると、「誓いましたなぁ」から、「心変り侍りける女に」、そして「それなのにあなたは・・・」の流れも、わかりやすくなるのではないでしょうか。

 「契りきな=(あの時)誓いましたよね!」の初句切れ、その強さを受けつつ、「お互いに(袖をしぼって)涙を押さえつつ、あの『末の松山』を波が超えることのないように、心変わりしないでいましょうと」という歌意で、あ~すけ様の解釈と同様に、読みとれて行くかと思います。

 「和歌」の中の一種、かつ大半であった「古典」の時代の短歌と、子規以降の近代短歌とのちがい、そしてかかわりについては、稿を改めさせていただきたいと思います。

 あ~すけ様、ありがとうございました。




[73] ご無沙汰しております

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 5月17日(水)18時53分7秒 211.2.159.92  通報   返信・引用

いろいろ気ぜわしくしておりまして、ネットに向かう十分な時間が取れずにおります。

前回に続き、古い一首の鑑賞を試みます。

NHK短歌2017年4月号別冊付録
歌枕名歌30首短歌手帳より

契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは

末の松山 清原元輔『後拾遺和歌集』
「末」には「すゑ」とルビがあります。

一句目の「契りきな」は「誓いましたなぁ」ということでしょうか。
二三句の「かたみに袖をしぼりつつ」の「かたみ」とは「形見」のようですね。
形見の意味は思い出の種となるものだそうです。
袖を絞ったのですから、濡れた訳です。
雨や波で濡れたのではなく、形見とあるので、別れの寂しさ・悲しさの涙に濡れたということなのでしょう。
「末の松山」とは宮城県多賀城市にある末松山宝国寺のようです。
「浪越さじとは」は一句にかかり、末松山宝国寺付近には波が越えることがないように、永遠の誓いをしましたねということのようです。

実際に東日本大震災の津波も、多賀城市の末松山宝国寺付近には届かなかったようです。

ところで、ネットなどで検索しますと、この歌の最後に「それなのにあなたは・・・まんまと浮気したんですね」といった意味が続くように書かれているものもありますが、そういう意味がこの歌にあるのかどうか、あるとすればどの部分なのかは不勉強な私にはまだわかりません。

この歌は、詞書に「心変り侍りける女に、人に代りて 清原元輔」と書いてあるネット情報もありますので、歌そのものではなく、詞書から「それなのにあなたは・・・」という意味が読み取れるのかもしれません。

「末の松山」は陸奥を代表する一流の歌枕として慕われ続け、「愛の契り」に触れた歌に多く詠まれているとのことです。

学べば学ぶほど、奥が深いのですが、明治以降の短歌と、古来の和歌の中の短歌では、趣などが異なるように感じます。
現在の歌壇において、歌枕のようなものは生きているのだろうかとか、今、この歌枕というものを用いて詠んだ場合は、どのように受け止められるだろうかなど考えてしまいます。

俳句の季語なども歴史的な成立を伝承したものですが、俳句の季語の場合、主に明治に正岡子規によって系統的に整理され、それ以前の発句としての俳句と、それ以降の俳句には、いささか違いがあるように感じます。
付け句としての川柳、しかも文芸川柳と呼ばれる詩的芸術性の高い川柳と、無季の俳句との線引きがあいまいになっているのも、本来の発句と付け句という性格が失われつつあることが原因だと思います。

そういう流れとは別ではありますが、和歌の一部としての短歌と、現代の短歌も同じ流れの中ではあっても、必ずしも同じものではないのではないだろうかと感じます。

現在、文字制限がある民衆から発生する文芸として、ツイッターというものがあり、優秀なものがネットで紹介され広まったりしていますが、本来、短歌と言うものも同じようなものであったのではないだろうかと思います。

現在の文化の中で、短歌・俳句・川柳などといった短詩系文芸が、今以上に身近なものとして見直され、ゆくゆくは世界にもっと広がっていって欲しいと願います。
そういった短詩系文芸が、ノーベル文学賞などの対象にならないものかと思うのです。
ボブディランのノーベル文学賞受賞を考えると、そういう流れもあってもおかしくはないのではないかとは思います。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[72] 「芽吹く言の葉」更新しました!

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 4月17日(月)11時21分31秒 p3b9306a8.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

あ~すけ様、お忙しいところ、ご投稿ありがとうございました。興味深く拝見しております。ながれを断ち切ってしまうようで恐縮ですが、お知らせです。「芽吹く言の葉」に、中溝様、あ~すけ様の御作の添削案を掲載させていただきました。皆様、是非ご覧くださいますようお願い申し上げます。



[71] 牧水の「さうですか歌」

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 4月16日(日)17時04分19秒 211.2.159.92  通報   返信・引用

漂情先生から、沢山興味深いお話を戴き、お返事を書こう書こうと思いつつ、パソコンに向かう時間を確保することに苦労しています。
ネットって、意外と時間をすぐ消費するものですから。

牧水であっても歌集に渾身の一首ばかりを載せることはできないのですね。
バンドにたとえるとアルバムのようなものでしょうか?
ベストアルバムならともかく、新作のアルバムには、あれっていう曲も多いですね。

私は俳句もやるのですが、初心のコンクールなどは、一句を評価しますが、上級者の賞は、句集に対する評価のようです。
おそらく、短歌も同様なのではないでしょうか?

渾身の一首だけ携えても、評価の場へ並べることもできないのかもしれません。

まあ、私なんぞは、歌集も句集も遠い先の夢物語ではありますが・・・

NHK短歌テキスト4月号の佳作に載ったので、購入しまして、おまけがついていました。
歌枕名歌30首短歌手帖とあります。

陸奥(みちのく)はいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟の綱手かなしも
(カッコ内はルビ)
塩竃の浦 東歌『古今和歌集』とあります。

「あれど」は「ありますが」でしょうか?
「かなしも」には「いとおしい」という意味もあるようですね。

東北地方のどの辺かはよくはわかりませんが、塩釜の海を行くの船の引き綱はもの悲しいですねぇ。
と言った意味でしょうか?

去っていく海の男に対する恋の歌なのかなぁと思いました。
まったく見当はずれかも知れません。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[70] 古典、近代、現代 の歌 その③ 在原業平について

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年 4月13日(木)01時00分41秒 p3b9306a8.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

 『古今集』の時代の歌人で、「六歌仙」の一人に数えられる(「三十六歌仙」にも含まれます)在原業平(ありわらのなりひら)が、いろいろな面から私の好きな古代の歌人の一人であります。

 業平と言えば『伊勢物語』です。その各章が「昔、男ありけり」からはじまる「歌物語」で、その「男」の、おもに恋の遍歴が和歌(短歌)をまじえた物語でつづられており、「男」は業平であろうと、考えられているのです(皇太子でありながら皇位につけなかった惟喬親王とのくだりなどもあり、恋愛譚ばかりではありません。また業平自身も、本来は皇統の人物です)。

 私が『伊勢物語』と業平を好むのは、経営している「言問学舎」の名の由来である言問通り、言問橋が、次の歌にその由来を持っていることが、第一の理由と言えそうです。

 名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふひとはありやなしやと

 ・・・都鳥という名をその身に負っているならば、いま尋ねるから、答えてくれよ、都鳥よ。都にすむ私の愛しいあの人は、元気でいるのかどうか、その身のありようを・・・。

 この歌は、『伊勢物語』の「東下り」という章の、結びの部分に掲げられています。業平は皇統とはいっても臣籍降下した身であり、さりながらのちに中宮となる藤原氏の子女と恋仲になるなどして、都にいづらくなって「東国へ下った」というのが、「東下り」の背景にあります。

 さて、「東下り」の章のはじめには、これも大変よく知られた名歌があります。

 から衣きつつなれにし妻しあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ

 この歌は、「かきつばた」の五文字を、「初句、二句、三句、四句、結句」それぞれのはじめに読みこんでいる(折句)ほか、序詞、掛詞、縁語といった和歌の技法をたくさん盛りこんだ歌としても、よく知られています。大意は次の通りです。

 ・・・思いを残しながら離れて来た都には、長年連れ添い、親しんだ妻がいる。その妻のことを思えばこそ、都からここまでの長旅が、心にしみて思われることだ・・・。

 詠まれたのは、三河国(現在の愛知県東部)の八橋というところ(愛知県知立市)だとされており、授業で生徒たちに教える時、私自身がかつて親しんだそのあたりの土地の様子なども織り交ぜて、話しております。かつて親しんだ、とは、四半世紀も前になる平成2年(1990年)から平成7年(1995年)にかけての5年間、当時勤めていた出版社の転勤で、名古屋に住んでいたことによるのですが、このほどちょっと急用ができて、その名古屋へ行って来ました。

 土曜の夜に名古屋へ行き、帰りの日曜日は夕方までゆとりがあったため、かつてなじんだ名古屋市内を散策したあと、現在の知立市内となる八橋の、業平ゆかりのお寺などをたずねて、業平の心をわずかに知り得た思いを胸に、帰京した次第でありました。この稿の冒頭に掲載した写真が、業平ゆかりの「無量寿寺」境内の井戸のものです。

※この「業平」のことなど書きたくて、3回にわたり「古典・近代・現代」などと銘打った投稿をさせていただきましたが、これでひと区切りと致します。どうぞみなさま、思い思いのご寄稿をお寄せいただきたく、饒舌のお詫びかたがた、ご挨拶とさせていただきます。






[69] 古典、近代、現代 の歌 その② 啄木を読むにあたって

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年 4月 5日(水)01時49分1秒 p3b9306a8.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

 細部にわたって感興を述べるゆとりがなく、申し訳ない限りですが、以前あ~すけ様が書かれていた大塚甲山氏の歌には、私も強くひかれるものを感じました。歌というものは、その背景を知り、あわせて読むことも時に重要ですが、いっぽうでは、やはり書かれている言葉とその運び方、斡旋が一首の「詩」をつくり得て、はじめて読者の心をひきつけるものであります。甲山氏の歌を、あ~すけ様の記事から引かせていただきます。

 雪ふれど戸ざしもあらぬ垂むしろ醜こきを屋に我ぞ生まれし

評伝大塚甲山 きしだみつお著 未来社刊
「見し世の月」より 以下略

 上句の音の運びが、歌のリズムにぴたりとかなっています。そして三句で切れ、結句は「我ぞ生まれし」と、係り結び(係助詞「ぞ」を受け、過去の助動詞「き」の連体形「し」で結ぶ)で見事に締め、三十一音のリズムが整えられているのです。「醜こきを屋」の読み方については、いま手もとで解説するだけの資料を得ることができず、すみません。


 さて、あ~すけ様は同じころ、啄木の次の歌についても語っておられます。

大海にむかひて一人
七八日
泣きなむとすと家を出でにき

    出典 啄木歌集 岩波クラシックス 一握の砂
ー 我を愛する歌 -

 奇しくもあ~すけ様がお示し下さった二首を比較することで、石川啄木という人の一面がよく見えて来るため、引用させていただく次第です。こうして大塚甲山と石川啄木の短歌作品を並べて読むと、啄木のある面が、きわだって見えて来るのではないでしょうか。

 私も啄木が大好きです。前に高村光太郎のことなど書きましたが、石川啄木もまた、私を文学の世界に導いてくれた大きな存在であります。ただ、人となりとしてではなく短歌の精度として、真摯に見つめる時、啄木の短歌作品はきびしく選別して、批評の俎上に載せるべきだということを、今回はお話ししたいと思います。

 じつは似たようなことが、私が卒業論文で書いた若山牧水について、言われておりました。するどく、だれにも歌えないような感傷のほとばしりをみせる歌がある一方、平明に過ぎる歌が多くみられることが、惜しいのだと。ただ牧水はそのことを自覚していて、そうした批判を受ける歌は、「さうですか歌」だと、自ら区分していたそうです。

 啄木は、あまりにも若く世を去ったため、牧水の「さうですか歌」のごとき言葉は、残していないでしょう。しかし啄木の歌もまた、天性の語感、音韻が比類のない絶唱を生む一方で、研ぎ澄まされていない、判断のつけにくい歌が散見されることは、間違いないと思います(もちろん、短歌の実作者として言えば、それは当然すぎることでもあり、こんなことを口にしたらばちがあたりそうで恐ろしい限りですが)。

 そして、これも前にお話ししましたが、啄木は小説『雲は天才である』を書くなど、あるいは己を「天才」と自負していたのかも知れません。引用歌の『一握の砂』中の小題も、「我を愛する歌」となっています。

 いま一度おことわりしますが、私は啄木のことを、私自身を短歌の道に導いてくれた偉大な先人の一人として、慕い、尊敬しています。ただ、啄木の歌をともに読もう、知ろうとお思いになる、あ~すけ様をはじめとするみなさまには、たとえば「大海」や「七八日」は、もしかしたらデフォルメかも知れないと、差し引いて考える予備知識をお持ちいただくよう、お伝えするつとめもあると思っています。その方が、より、啄木のせっぱつまった「本音」のあらわれた短歌作品を理解するのに、有用だろうと考えるからです。

 啄木の「大海にむかひて」の歌が、音韻や焦点の整っていない、牧水ならば「さうですか歌」だと言うかもしれない程度の歌だと言いたいのではありません。ただ、「大海の」は代表作の「東海の」とくらべてどうなのか、「七八日」は実際にどうなのか(当時の旅はそれくらい当たり前だったと、当然考えられますが)、というようなことをよく考えて、また改めて啄木という人物を見つめる時、短歌、文学というものの奥深さが、さらに立ちあらわれて来るように思うのであります。





[68] 古典、近代、現代 の歌 その①

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年 4月 3日(月)01時51分44秒 p3b9307b6.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

 4月になり、まだまだ落ち着くことのできる社況ではないのですが、すこし、短歌についてのお話をさせていただきたいと思います。それに先立って、あ~すけ様には私の「詩の朗読」に関連して、短歌作品への言及を含むコメントを頂戴しましたこと、あつくお礼を申し上げます。

 さて、これまで掲示板でみなさまがお書き下さった短歌作品等を大ざっぱな時代区分で分類すると、石川啄木と斎藤茂吉(および高村光太郎)は「近代」であり、寺山修司は「現代」になります。あと何十年か経つと、昭和二十年代以降(戦後)と俵万智の『サラダ記念日』あたりの昭和末・平成初期あたりで、区分がさらに変わるかも知れませんが、いま、日本の文学を区切る区分は、明治二十~三十年代から大戦終結までを近代、戦後からこんにちを、現代としています。

 先日、中溝様から、斎藤茂吉の歌について、興味深い投稿をいただいておりました。まず引用させていただきます。

<近よりて笑ひせしむることなかれ白梅の園にをとめひとり立つ    茂吉

という歌碑でした。歌人であり、精神科の医師でもあった斎藤茂吉がこの梅林を訪れたものと思われます。
私が理解に苦しんだのは、上(かみ)の句です。下(しも)の句は文字どおり「女性が独り、白梅の林に立っていた」という情景の描写ですが、上の句は「その女性に近づいて笑わせてはいけない」という意味なのでしょうか・・・。もしそうだとしたら、何ゆえに笑わせてはいけない・・・のでしょう。あるいは、茂吉は、何ゆえにここで「笑い」というテーマを詠んだのでしょう。

 私は、この歌からいろいろな想像をしてみました。

①茂吉は、精神科の医師だったために、この女性は精神を病んだ方で、独り黙考しておられるので、近寄って笑わせる(からかう・・・)ようなことをしてはいけない、という気持ちで詠ったのかもしれない とか、

②通常、日本人は知らない人に近づいていって、その人を笑わせたりすることは礼儀に失するので、そのような行為は慎みます。ということは、近づいていく人と女性は“普段から慣れ親しんだ知人の関係”にあったのかもしれない、あるいは、近づいていく人は、茂吉その人だったのかもしれない・・・等々。> (以上、中溝様ご投稿から引用)

 私もこの歌について、二案ほど、私自身の読み方を提示します。

③「娘」というものは、いったん笑うととにかくけたたましく笑い出す。だから笑わせず、しおらしい娘のすがたを、崩させないようにしたい。

④「白梅の園」に「ひとり立つ」「をとめ」のすがたが、とにかく美しい。その美しさを自分はいま描写しつくそうとしているから、だれも近づいて、その美しさを乱してはいけないのだ。

③と④は似ているようですが、③「娘というものの性質」、「④娘の美しさを描こうとする歌人のエゴ」のどちらに主眼を置いているかという点が、異なります。

 これからもさまざまな文学作品を対象として、意見交換をつづけていきたいと思います。ありがとうございました。



[67] 朗読拝聴致しました。

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 3月24日(金)15時49分59秒 211.2.159.92  通報   返信・引用 > No.66[元記事へ]

朗読、お声も話し方もお人柄が表われている思います。

先生のお歌を一首

むかし俺は矢吹丈ではなかつたがそれなりに吠ゆるけものであつた
(当サイト「小田原漂情 短歌50首選」より)

以前、この一首について、何かご説明を受けた記憶が微かにあるのですが、該当するメールなどは確認できませんでしたので、記憶違いかもしれません。

解りやすい一首を選ばせて戴きました。
猛獣に憧れるのが男子の常だと思います。
私の中学生のころは、ブルース・リーでした。
大人になってからは、北斗の拳のケンシロウかと。

とても共感致しますし、なんと言っても「それなりに」がいいと感じます。
「矢吹丈」ではないと言いながら、吠える獣であったという先生のお姿は、周囲の方々からどのように見えていたのだろうかという想像に楽しさを感じます。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[66] お詫びかたがた、私も「ランダム」に書かせていただくことをおゆるしいただきたく・・・。

投稿者: 小田原漂情 投稿日:2017年 3月17日(金)01時26分46秒 p3b9307b6.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

 この掲示板の進発以来、あ~すけ様、中溝様にご投稿いただき、そもそもは「短歌添削」という土壌からスタートした「美し言の葉(芽吹く言の葉)」も、成員個々の思いを発露する場へと成長の歩みをすすめているように思われて、たいへん嬉しく思います。その中で、私(小田原)は年明け以降、この冬二度も風邪を引いてしまい、「芽吹く言の葉」の添削原稿ご返送も遅れがちになってしまっていることを、改めてこの場でお詫びさせていただく次第です。まことに申し訳ありません。

 重ねて思いますに、直近のご投稿で中溝様がご提示下さった通り、「前の投稿」への「リコメント」に限定した形でなく(私どもの方に、そうした意識が、「無意識のうちに」あっただけのことなのですが)、ランダムに書かせていただくことを、おゆるしいただきたいと思います。

 もちろん、過去の投稿にも相互にふれあい、しかし必ずしもそのことを前提とはしない、という形で、この「美し言の葉 掲示板」という場所を、私どもにも活用させていただくことをご了承いただけますと、さらに活発に、自在な意見表明、作品解釈のできる場として、相互の意見表明が活性化するように思うのです。

 我田引水のようで恐縮至極に存じますが、私はYouTubeで「詩の朗読」を、一昨年から公開しています。「美し言の葉」上でもご案内しておりますが、今日、塾の授業で、高村光太郎の「レモン哀歌」を朗読し、現中学2年の生徒に、少しく教えてまいりました。文学の切り口のひとつとして、お目通しいただければ幸甚に存じます。

 https://www.youtube.com/watch?v=7MbHWkIbJ6I 小田原漂情「レモン哀歌」朗読

 あ~すけ様の、「花巻」、「蜂」、「光太郎」の句のご入選、まことにおめでとうございます。光太郎さんは私が文学少年だったころ、心酔した文学者の筆頭とも言える方であり、そのご縁が、あ~すけ様のご入選につながったことに、言い知れぬつながりを感じます。今後も「美し言の葉」、「芽吹く言の葉」、そしてこの掲示板を通して、みなさまの文学への思いが花開き、結実して行くことを、切に願うものであります。

 どうぞ今後とも、よろしくお願い申し上げます。





[65] あ~すけ様、中溝様、ありがとうございます。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 3月15日(水)21時20分5秒 KD182250241019.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

あ~すけ様、中溝様、投稿ありがとうございます!じっくりと読ませていただいております。
近々、小田原が返信させていただくと思いますが、塾の春期講習に向けての諸事が詰まっており、返信にいま暫くお時間をいただくかも知れません。
何卒よろしくお願いいたします。
お二人のご投稿、大変嬉しかったです!ありがとうございます。



[64] 梅林と茂吉 その2

投稿者: 中溝幸夫 投稿日:2017年 3月 9日(木)21時49分20秒 42-150-29-42.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

先ほど投稿した「梅林と茂吉」の記述の中に間違いがありましたので、訂正します。
大山町は、福岡県ではなく、大分県でした。ごめんなさい。



[63] 梅林と茂吉

投稿者: 中溝幸夫 投稿日:2017年 3月 9日(木)16時35分59秒 42-150-29-42.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

こんにちわ!
お久しぶりに投稿します。(これまでに展開されてきたお話しとはまったく異なる話です。)

先日、福岡県小国町の「大久保台梅林」を訪問しました。大分県の日田市から熊本県の小国町に抜ける道路のそばの小さな丘にある梅林で、小国町は「梅干」の産地としてこのあたりでは有名なところです。

小高い丘に植えられた白やピンク色の梅は、ほぼ満開で、土曜日でもあったので、たくさんの梅見客で賑わっていました。・・・とある梅林の中に歌碑がたっていました。

 近よりて笑ひせしむることなかれ白梅の園にをとめひとり立つ    茂吉

という歌碑でした。歌人であり、精神科の医師でもあった斎藤茂吉がこの梅林を訪れたものと思われます。
私が理解に苦しんだのは、上(かみ)の句です。下(しも)の句は文字どおり「女性が独り、白梅の林に立っていた」という情景の描写ですが、上の句は「その女性に近づいて笑わせてはいけない」という意味なのでしょうか・・・。もしそうだとしたら、何ゆえに笑わせてはいけない・・・のでしょう。あるいは、茂吉は、何ゆえにここで「笑い」というテーマを詠んだのでしょう。

私は、この歌からいろいろな想像をしてみました。

茂吉は、精神科の医師だったために、この女性は精神を病んだ方で、独り黙考しておられるので、近寄って
笑わせる(からかう・・・)ようなことをしてはいけない、という気持ちで詠ったのかもしれないとか、
通常、日本人は知らない人に近づいていって、その人を笑わせたりすることは礼儀に失するので、そのような
行為は慎みます。ということは、近づいていく人と女性は“普段から慣れ親しんだ知人の関係”にあったのかもしれない、あるいは、近づいていく人は、茂吉その人だったのかもしれない・・・等々。

ともあれ梅を見にいって、茂吉の歌に出会うとは思ってもいなかったので、茂吉の歌を材料にしていろいろな
想像ができて楽しかったです。

ところで、この梅林で私も歌を詠んでみました。

  薄昏き梅の林に佇みて鳥が来ぬかとひそやかに待つ



[62] 俳句の選に入りました

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 3月 9日(木)15時46分5秒 211.2.159.92  通報   返信・引用

小田原漂情先生はまだまだお忙しいのでしょう。
小田原漂情先生のお陰を持ちまして、佳い俳句が詠めてちょっといい選となりました。

俳句ポスト365という松山市の投句サイトです。

http://haikutown.jp/post/results/20170112?type=results2

花巻の蜂ぢつと見る光太郎

夏井いつき先生の選評が「一句に季語と地名と人名を入れて作品を成立させるのは至難の技です。『花巻』という美しい地名は、『蜂』の寄る花を思わせもします。その『蜂』を作者自身が『ぢつと見』ているのかと思いきや、下五にて『光太郎』という人物が出現。彫刻家であり詩人でもある高村光太郎に違いありません。『ぢつと見る』その目は、『蜂』を彫ろうとする彫刻家の眼でしょうか、『蜂』を描こうとする詩人の眼でしょうか。美しい時間が内包された作品です。」です。

実はこの着想は、小田原漂情先生のお書きになった「啄木の最期をみとったのが牧水だったということを前に書きましたが、賢治は高村光太郎とも深い縁がありました。大戦末期、光太郎の駒込林町のアトリエは空襲で焼かれ、光太郎は生前の賢治との縁をたよりに、花巻へ疎開したのです。賢治の没後十年以上を経てのことですから、そのつながりの深さがうかがわれます。」からです。

ありがとうございました。

改めて「一握の砂」に戻ります。

いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の
砂を指もて掘りてありしに

石川啄木 出典 啄木歌集 岩波クラシックス 一握の砂 ー 我を愛する歌 -

このピストルはおもちゃとかモデルガンなんでしょうか?
本物だとすると物騒な一首です。

「いたく錆びしピストル」というのが、啄木自身を比喩で詠ったということはないでしょうか?
なかなか、生活のための職に定着することができない自分をそう表現したのではないかと考えましたが、一般的な解釈とは異なるかもしれません。

砂山を掘ると端的に表現せず、「砂山の/砂を指もて掘り」と表現した部分も気になります。
特別な意味を感じるような気もしますが、それが何かまでは分かりかねます。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[61] ありがとうございました。

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 2月25日(土)15時43分45秒 ai126170044125.41.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用 > No.60[元記事へ]

石井綾乃先生の解説を読んで、腑に落ちるところがございます。
ありがとうございました。

「とびやすき(中略)汁で汚すなかれ」は感覚的に男子は性を思い浮かべるのではないかと思います。
女性である石井先生にそのようなご指摘を戴くと、多少どっきり致します。

寺山の歌は、まだまだ私には難解な感じがしています。
単純に性だけでは片付けられない要素も含んでいそうな気もします。
まるでフロイトの解説書を読んでいるような気分です。

寺山の歌は、気になるものだけ書き留めたのですが、例えば

くちづけする母をば見たり枇杷の樹皮むきつつわれは誰をにくまむ
(続・寺山修司詩集 思潮社刊 現代詩文庫105 真夏の死)

ここで気になるのは、「枇杷」の果皮ではなく、「樹皮」である点です。
単純に性器の比喩であると片付けるのも下世話な感覚で、何かしっくりきません。
フロイトのリビドーにおける性への渇望を超えた生への渇望のような何かがあるのかもしれません。
あるいはエディプスコンプレックスのような何かかもしれません。

http://ameblo.jp/a-suke-310/



[60] 私も寺山を・・・。

投稿者: 石井綾乃 投稿日:2017年 2月23日(木)16時23分43秒 p3b9307b6.tokynt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を
                   初期短編『チェホフ祭』

あ~すけ様の取り上げられた寺山修司の短歌の鑑賞に、私も挑戦してみたいと思います。
「葡萄」、「少年」というと、私はここに性的な匂いを感じます。何故かと言うと、2004年に死去した現代歌人、春日井健の歌を思い起こすからです。

童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり
                           『未青年』
春日井健は、寺山修司、塚本邦雄、岡井隆と『極』を創刊し、活動期をほぼ同じくしています。どちらも有名なこの二作品が、どのように影響しあったかまでは調べられませんでしたが、互いに現代短歌の最先端を走る二人の作品が、影響しあっていたことは事実でしょう。
それを踏まえ、「虐げられし少年の詩」を解釈してみると、鬱屈した抒情性、感性といったものと捉えれば良いかと思います。そういった傷つきやすい、センシティブな「少年」を、この年頃の「性」といった、どうにもならぬ荒々しいもので汚すなかれ、と歌っていると、
石井は解釈致しました。

寺山修司を取り上げて下さり、ありがとうございます。小田原も受験期が終わりましたら、掲示板に書き込む時間も取れると思います。よろしくお願い致します。



[59] 寒い日が続きます

投稿者: あ~すけ 投稿日:2017年 2月13日(月)12時54分34秒 211.2.159.92  通報   返信・引用 > No.58[元記事へ]

小田原漂情先生におかれましては、二度目の風邪とのこと、どうぞ十分に静養なさってご自愛戴きたく思います。

以前もお伝えしたかと思いますが、私は、朝晩ビタミンCのサプリメントを飲んで、なんとか風邪を持ちこたえております。
喉が多少気になる時は、はちみつ大根を舐めるようにしております。
有難いことに、多少調子が悪いなと思う程度で、何とかこじらせないでおります。

今回は、「続・寺山修司詩集 思潮社刊 現代詩文庫105 森番」より

とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を

に挑戦してみます。
ブドウの汁がとびやすいので、衣類や様々なものを汚すであろうことは容易に理解できます。
ここで難解なのは「虐げられし少年」とは、どのような少年なのか?
少年の詩を汚すなというのは、詩集のことなのか、あるいはもっと観念的な何かなのか?
こういったあたりだと思います。

そう考えると、容易であったはずのブドウの汁さえ、何かの比喩ではないかと思えてしまいます。
取り上げておいて、なんですが、今の私には全く歯が立たない、理解不能な一首に思えてしまいます。
少年の感性の鋭さが、危うく感じられることだけは、何となく解る程度です。

http://ameblo.jp/a-suke-310/


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