クリシュナムルティ、ボーム、仏教、禅、親鸞

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カテゴリ:[ 暮らし/生活/ペット ] キーワード: クリシュナムルティ ボーム


6174件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。


[7030] Re: 罪

投稿者:   投稿日:2017年 6月26日(月)00時41分34秒 FL1-203-136-127-241.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用 > No.7027[元記事へ]

> > じっくり考えて見ると、戦争に加担した禅師たちを責めるよりもそれが事実であった事をきちんと認識し、責任があるとすればそれはすべての人間にあるのかな、と思います。
>
>  個人的には、悟りのプロフェッショナルである禅僧に、政治的・社会的判断の妥当性
> を期待してもあまり意味がないかなと思います。畑違いというか。

だれなら期待できます?

ライナス・愚・スペースエクスプローラー



[7029] Re: 罪

投稿者:   投稿日:2017年 6月26日(月)00時39分56秒 FL1-203-136-127-241.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用 > No.7026[元記事へ]

> >わたしは、従軍慰安婦も南京の虐殺も程度の問題はあれ、事実だと推測しています。
> >日本の朝鮮、中国に対する侵略はとんでもないことです。
> >わたしが禅を始めた理由のひとつは、(真理を悟ったといわれている)禅僧が、
> >なぜ、太平洋戦争に、あれだけ、積極的に加担したかということでした。
>
> 参考までに:
> http://denik-bise.blogspot.jp/2009/08/blog-post_04.html
>

曹洞宗では、わたしも原田門下ですから・・・原田ソガク老師のひ孫になるんですかね・・・

臨済宗では、苧坂光龍老師の流れですが・・・こちらの戦争に対する態度は知りませんが、
反対はしていないんでしょうね

> >前川氏を見ていると、かれの強さ?は、正直さにあると感じました。
> >ちょっと、かれに、政府側の政治家が真正面から対抗するのは大変でしょうね・・・
>
> 一方でこういう僧侶たちもいたことは救いです。前川氏も勇気がありますね。:
> http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-02-13/ftp20080213faq12_01_0.html

曹洞宗にもいましたし、殺されちゃいましたが・・・内山グドウ・・・たしか、墓参りした記憶が
あります・・・
>
> 前川氏は言いました「メディアが(政府に)私物化されることへの危惧がある」
> 以前からメディアに政府のバイアスがかかっていることは間違いないとは思っていましたが。。。
>
それは間違いないでしょう。読売やサンケイに限らないでしょう。テレビ局も、総務省の権限のもとに
あるので、独立は難しいですね。やはり、ネットなんですかね・・・

> 改めてクリシュナムルティが国家主義やイデオロギー、特定の宗教や修業といったものの中の信念から自分を解き放てと言ったことが心に沁みます。

身近なところでは、家庭ということになります。かれは、醜悪という表現でしたが、それはまあ、
いわゆる小市民的な家庭、ということでしょう。
>
> じっくり考えて見ると、戦争に加担した禅師たちを責めるよりもそれが事実であった事をきちんと認識し、責任があるとすればそれはすべての人間にあるのかな、と思います。
>
禅僧としての責任は、一般ピープルよりはるかに重いでしょう。かれらが、政治的には素人であると
断ったうえで意見をいうならいいですが、禅の権威を借りて、殺してこい、ってやっちゃったわけでしょ。

まあ、もちろん、かれらに権威を見てしまう、一般ピープルがバカだといえばそれまでですが・・・

わたしは、個人的には、禅僧、禅者一般に、なんか、硬さというか、アタマの悪さを見てしまうんです。
全員とはいいませんが・・・英雄視されている、山岡テッシュウとか、西郷タカモリとか、楠木正成とか・・・、まあ、勝海舟なんかは、タッチが軽いからいいとしても・・・

> 小林真央さんの訃報を聞いたのは体調を崩して病院にいた時でした。このような若さで幼い子供と最愛のご主人を残して行くのはさぞ辛かったろうと涙を禁じ得ませんでした。
>
それはそうですが、一方では、彼女がいなくても、世界は問題なく回っていきます。寂しいけど事実でしょう。わたしは、世界はわたしを必要としていると感じるのですが、それはまちがいで、世界は
わたしをまったく必要としていません。

それから、感じるのは、彼女が美人だったからというのもあるんでしょうね・・・夏目雅子のときも
そう思ったな・・・・

> 同時にがんで亡くなった夫の事を自動的に思い出し、さらに今この瞬間にも辛い病床にいる人たち、年端もゆかぬのに小児がんで逝く子供たち。。。のことを思いました。
>
キリスト教関係のシスターで小児がんの子供のボランティアやっているひとの話だと、かれらと
いると、意識が変わるとかいってました。そういう子供たちは、「明日を」持たないんだそうで、
それが、回りに伝播するようです。だから、坐禅に似ています。

> 私たちはこの体ではない。。。確かにそうです。海の泡は次々生まれては消え、大海に戻っていきます。
>
> けれどもせっぱつまった本人や家族にとって唯一とりあえず頭を正常に保つには「希望」しかありません。それもわかります。
>
一時期はしょうがないんでしょうが、最終的には、クリシュナムルティふうにいえば、希望は敵です。
実際、希望などなければ、楽しく生きていけるんです・・・もちろん、目標をもって計画はたてますが、
希望など持ちません。落胆の影のない希望はありえません。

> >ひとびとと、神や仏と、シェアしていくのは、この作業の一環です。
> > ここに、正直さとか、誠実さとか、賢明さ、とか、そういったものが、そして、はるかに大>きな存在が おのずから訪れてくるのだと思います。
>
> もう30年も前のことですが、朝日新聞の天声人語に紹介されたある10才くらいの難病の少女の手記がありました。彼女はこう言ったのです。
>
> 「カゲロウは生まれてすぐ死んでしまうのでかわいそうです」
>
> 自分がまもなく死ぬ運命だというのにこの少女はカゲロウの心配をしているのです。
>
> のちに自分が難病とわかってからこの言葉はずっと私の支えになっています。
> それも一種のシェアかも知れません。
>
難病とか面倒ですね・・・そういえば、いとこも難病で、もう歩けないみたいですが・・・

非常に身近に、小林マオさんと同様、乳がんが転移して、治る見込みがなく、QOLをよくするしかないひととか、いますし、わたしの最初のパートナーはうつ病で入院していますし、そこら中病人だらけで・・・

なんだかまあ・・・・とにかく、こんなぜい弱な身体などに、心理的に依存していたらつらいものが
あるのは当然ですね・・

ライナス・愚・スペースエクスプローラー



[7028] 高麗神社

投稿者: 水月 投稿日:2017年 6月25日(日)19時47分15秒 ntkngw029045.kngw.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

 埼玉県日高市にある高麗神社(こまじんじゃ)に行ってみました(JR八高線高麗川駅下車)。
 高句麗が唐と新羅の連合軍に滅ぼされたとき、高句麗の王族である高麗氏が日本
に逃れてきたのは、奈良時代の律令制下であったようです。朝廷は、東国のこの
地に高麗郡を創設し、その郡司に任ずると同時に、1800名ほどの高麗人を住
まわせ、開墾にあたらせたのだということでした。
 生々しい歴史の痕跡が今でもこうして残っているんですね。いろいろ感ずるこ
との多い一日でした。



[7027] Re: 罪

投稿者: タキ衛門 投稿日:2017年 6月25日(日)16時32分12秒 gs102-148.toshima.ne.jp  通報   返信・引用 > No.7026[元記事へ]

> じっくり考えて見ると、戦争に加担した禅師たちを責めるよりもそれが事実であった事をきちんと認識し、責任があるとすればそれはすべての人間にあるのかな、と思います。

 個人的には、悟りのプロフェッショナルである禅僧に、政治的・社会的判断の妥当性
を期待してもあまり意味がないかなと思います。畑違いというか。



[7026] Re: 罪

投稿者: 不二子 投稿日:2017年 6月25日(日)14時12分51秒 FL1-220-144-155-7.ngn.mesh.ad.jp  通報   返信・引用 > No.7019[元記事へ]

>わたしは、従軍慰安婦も南京の虐殺も程度の問題はあれ、事実だと推測しています。
>日本の朝鮮、中国に対する侵略はとんでもないことです。
>わたしが禅を始めた理由のひとつは、(真理を悟ったといわれている)禅僧が、
>なぜ、太平洋戦争に、あれだけ、積極的に加担したかということでした。

参考までに:
http://denik-bise.blogspot.jp/2009/08/blog-post_04.html

>前川氏を見ていると、かれの強さ?は、正直さにあると感じました。
>ちょっと、かれに、政府側の政治家が真正面から対抗するのは大変でしょうね・・・

一方でこういう僧侶たちもいたことは救いです。前川氏も勇気がありますね。:
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-02-13/ftp20080213faq12_01_0.html

前川氏は言いました「メディアが(政府に)私物化されることへの危惧がある」
以前からメディアに政府のバイアスがかかっていることは間違いないとは思っていましたが。。。

改めてクリシュナムルティが国家主義やイデオロギー、特定の宗教や修業といったものの中の信念から自分を解き放てと言ったことが心に沁みます。

じっくり考えて見ると、戦争に加担した禅師たちを責めるよりもそれが事実であった事をきちんと認識し、責任があるとすればそれはすべての人間にあるのかな、と思います。

小林真央さんの訃報を聞いたのは体調を崩して病院にいた時でした。このような若さで幼い子供と最愛のご主人を残して行くのはさぞ辛かったろうと涙を禁じ得ませんでした。

同時にがんで亡くなった夫の事を自動的に思い出し、さらに今この瞬間にも辛い病床にいる人たち、年端もゆかぬのに小児がんで逝く子供たち。。。のことを思いました。

私たちはこの体ではない。。。確かにそうです。海の泡は次々生まれては消え、大海に戻っていきます。

けれどもせっぱつまった本人や家族にとって唯一とりあえず頭を正常に保つには「希望」しかありません。それもわかります。

>ひとびとと、神や仏と、シェアしていくのは、この作業の一環です。
> ここに、正直さとか、誠実さとか、賢明さ、とか、そういったものが、そして、はるかに大>きな存在が おのずから訪れてくるのだと思います。

もう30年も前のことですが、朝日新聞の天声人語に紹介されたある10才くらいの難病の少女の手記がありました。彼女はこう言ったのです。

「カゲロウは生まれてすぐ死んでしまうのでかわいそうです」

自分がまもなく死ぬ運命だというのにこの少女はカゲロウの心配をしているのです。

のちに自分が難病とわかってからこの言葉はずっと私の支えになっています。
それも一種のシェアかも知れません。



[7025] 言語道断

投稿者: 水月 投稿日:2017年 6月24日(土)17時26分17秒 ntkngw029045.kngw.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

 分別智を含む第六識(=唯識でいう意識)は、妙観察智に変わるとされていますが、それはどういうことなのか。分別智はどうなるのか。

 納得がいく結論が出ました。
言語道断というところに行き着きます。

まず、一般に日常的に使われる言語道断は、マイナスの意味で、とんでもなくひどいことをいいますが、ここでは本来の仏教的意味で使います。
『本来の仏教的意味での言語道断』は、道は、「道(い)う=言う」ということだから、言葉で言い尽くすことはできないということです。

分別が言語道断にいきつくということは、『充満し、あふれ出てしまって、』いかなる観念的定義も最終的にできなくなるにいたるということです。
その意味で、一切の分別からあふれ出てしまう、『もとになる直観』を分別としてとうてい表現できず、その意味で一切の観念(=言葉)がとだえてしまったところ。

なぜなら、その『もとになる直観』は、『観自在』直観であって、その実体は『空』の直観・・・。

但し、そこは、因果一如になりきった地平(=パラダイム=仏教では、「・・天」と表現されているのか)、
要するに、因と果が一つになるというのは、時間がなくなる(前後裁断された)『即今の地平』ということ。
因果が一つになるということは、因果がないということ。
この場合、因果は宇宙レベルの一切の因果を含むので、因縁に同じ。
すなわち、一切の因縁がなくなるということ。

 このなくなるというのは、別の表現でいうと、時間差がなくなって『同時現成』ということ、
全体から切り離せない一なるもの(神・仏・基底)の現成が、『(差別のレベルでは表裏の関係で)同時現成』しているということ。一なる全体のなかで、部分(=差別)が同時現成しているということ。

 その状況の直観(因果一如になりきったときの直観)が、『観自在直観』。
それは、極限の(に近い?)空の直観と思われます。
それは、分別(=観念)に盛り込めないから、分別(=観念)はあふれ出てしまうという意味で破綻(機能停止)せざるをえなくなる。それが、言語道断。

 そのとき=分別(=観念)が消えるとき、大悲が、そこにともにある、すなわち、深い悲しみが伴っている。深い悲しみがあふれ出ます。従って、単に分別智だけの問題ではない。従って、『観自在直観』は『観世音直観』と不可分です。
 そこが、妙観察智であると思われます。

従って、分別(=観念)は、このような意味で、分別(=観念)が消えるまで、そういう方向で用いればよい、ということになるでしょうか。

いずれにしても、分別(=観念)には盛り込めずあふれ出てしまうのだから、分別(=観念)で考えて、その『観自在直観』、『観世音直観』に至ろうと思っても至れない。端的に、直接に、そのものになりきるしかない、と思われます。



[7024] 遺して旅立つこと

投稿者: とり  投稿日:2017年 6月24日(土)10時52分29秒 pl16835.ag0102.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

娘のフェイスブックコメントです。
------------------------------
10時間前 ?
..

小林麻央さんの訃報に接して。

わたしは1歳の頃、父が肺がんで旅立ったので父親の記憶は無いのだけど、

どれだけ苦しい中で生ききったのか、母や私を遺して旅立つことにどれだけの無念があったのか、

何も知らなかった頃の自分は勝手に開き直ったり色々拗らせたこともあったのだけど、

母や親族の話を聞くことで、父や皆が抱いた大きな気持ちに気付いて精一杯生きなくてはならないと感じることができた。

そう感じながらも、母子家庭ってだけで勝手に憐れんだり蔑んだりする人に困ってきたりしたけれど、

自分が覚えていなくとも、父の血、父が最も愛した母の血を受け継いでいるのは世界でわたし一人だけなんだという誇りを感じられる生き方をしたいと思った。

麻央さんと海老蔵さん、お子さま方の心にどうか癒しと安らぎがありますように。



[7023] Re: 罪

投稿者: 宮啓 投稿日:2017年 6月24日(土)09時16分14秒 p442249-ipngn200407yosemiya.okinawa.ocn.ne.jp  通報   返信・引用 > No.7019[元記事へ]

> > わたしの苦しみでない仏の苦しみなんだこれはって
> > 最大の救いにもとれるんですがどうなのかな?
>
> 小林麻央さんが、亡くなられたそうで、34歳とのことで、小さい子供を残してのことなので
> つらかったろうと思います。
>
> また、わたしは読んだことありませんが、彼女のブログで励まされた人も多いと思います。
>
> わたしもガンのとき、5人のブログを読んでいました・・・様々な生き方があると感心しました。
> その5人は、全員、亡くなられました。
>
> また、アル中のときは、アル中のひとびとの話を聞いて、感心しました。
>
> ここで思うのは、個人の問題はひとりで抱えてはいけない、ということです。
>
> 問題には普遍性があり、要点は、その普遍性があるという事実自体が、苦痛を和らげるということです。
>
> ですから、問題、苦しみをシェアすることが大事なんだと思います。
>
> 構造的には、こうなっています。
>
> 苦しみは存在します。「わたしの」苦しみは存在しません。苦しみがあるだけです。
>
> この時、苦しみから逃れようとしません。その時、苦しみから解放されていきます。
>
> 自分の苦しみがどのようなものであれ、それは、宇宙的な苦しみです。別の言い方をすれば、
> 仏の苦しみです。苦しみを宇宙とシェアするんです。
>
> テレビによると、彼女は、生きる希望を最後のころまで持っていたようです・・・それをテレビでは
> 肯定的に評価していました。それは、苦しみを増すだけだと思います。
>
> 人生は存在しますが、「わたしの」人生は存在しません。であれば、「わたしの」人生を大事にしないんです。捨ててしまいます。もちろん、自殺するということではありません。
>
> 捨てさえすれば、生きるのが楽になります。
>
> どう捨てればいいか、頭の中を空っぽにしていく、バカになっていく、デクノボウのように生きる。
> そういうことだと思います。
>
> ひとびとと、神や仏と、シェアしていくのは、この作業の一環です。
>
> ここに、正直さとか、誠実さとか、賢明さ、とか、そういったものが、そして、はるかに大きな存在が
> おのずから訪れてくるのだと思います。
>
> ライナス・愚・スペースエクスプローラー


 はい・・。とても共感しております。

 見る。聴く。感じる。とき・・。「私」が見る・聴く・感じる・・。と思考します。

 これは機械的な過程、物質的な過程であり、「私」が誕生する以前から決まっている因果関係ですよね。

 この自己同一化の過程、すなわち、見る・聴く・感じる・・に「私が」がくっつく過程を見るときに、直接的に見ているのでしょう。

 直接の知覚では、「私」は存在しない。

 直接の知覚では、非難・正当化はなく、無選択に知覚している。宇宙の因果に非難・正当化を意味づけることはなく、探求的に見ている。

 無選択の知覚に、クリシュナムルティは「気づき」と呼んでいます。

 「私」すなわち中心がない知覚に、クリシュナムルティは「注意」と呼んでいます。

 クリシュナムルティの陳述を聴いていると、徐々に、渡部さんが述べることが肌で感じるようになってきました。



[7022] Re: 前川前次官

投稿者: ダル王 投稿日:2017年 6月24日(土)07時32分56秒 softbank126003230003.bbtec.net  通報   返信・引用 > No.7014[元記事へ]

>
> わたしは、従軍慰安婦も南京の虐殺も程度の問題はあれ、事実だと推測しています。
> 日本の朝鮮、中国に対する侵略はとんでもないことです。
> わたしが禅を始めた理由のひとつは、(真理を悟ったといわれている)禅僧が、
> なぜ、太平洋戦争に、あれだけ、積極的に加担したかということでした。

> ライナス・愚・スペースエクスプローラー

この点、色即是空を徹底したけど、空即是色のところで、つまり現実さばくところで、いきなり、保守的、頑固、頑迷にしてしまうのが、過去の禅僧。
 あれ、これは、世俗権力、権威に盲従かい? というと、そうではなくて、流れに随うというのが強烈にあるんやな。
その流れが、とんでもない代物ということもそっちの勉強してないから、分からないんや。
 別にこれは、過去の原因、条件で、仕方ないこと。
 今の禅僧では、過去の反省ふまえてか、ここんとこクリアーしてる人もしっかりいますよ。



[7021] Re: 罪

投稿者: ダル王 投稿日:2017年 6月24日(土)07時15分54秒 softbank126003230003.bbtec.net  通報   返信・引用 > No.7019[元記事へ]

> テレビによると、彼女は、生きる希望を最後のころまで持っていたようです・・・それをテレビでは
> 肯定的に評価していました。それは、苦しみを増すだけだと思います。
>
>
> 捨てさえすれば、生きるのが楽になります。
>
> どう捨てればいいか、頭の中を空っぽにしていく、バカになっていく、デクノボウのように生きる。
> そういうことだと思います。
>
> ここに、正直さとか、誠実さとか、賢明さ、とか、そういったものが、そして、はるかに大きな存在が
> おのずから訪れてくるのだと思います。
>
> ライナス・愚・スペースエクスプローラー

はじめから、生まれる前から、存在しないんで、生きてると錯覚して、それが、消えたからといって、別に悲しむとか、つらい、とか、苦しいとかはないんやな。
このくだらない宇宙から解放されて清々したというのが、事実。LOL.

生老病死も錯覚、幻覚、勘違い。その勘違いの中で、すべった転んだ、しても仕方ないこと。

生はどう転んでも、苦なんやから、生きる希望とは、どんだけの勘違いなのか?
それは、苦しむ希望ということやで。

では、死のう、というのも、ビカミングで、物理的な最期の死なんて、ほっといても確実なんやから、速まる必要もないわけ。

生死なんて、名前、名付けにすぎない。名前のイメージにだまされてはアカン。というか、それに幻惑されたら、苦しくなるのは眼に見えてるやろ。

とうとうと流れる素粒子エナジーが犯人で、そこには、イメージつけた言葉なんて、もともとないんやからなー。LOL.


だから、気楽にしてるのが、ええんとちゃう。



[7020] Re: 前川前次官

投稿者: ダル王 投稿日:2017年 6月24日(土)07時03分6秒 softbank126003230003.bbtec.net  通報   返信・引用 > No.7018[元記事へ]

>
> ここで、自分がかれらの立場であれば、どうするのか?ということを
> 考えるのも面白いかもしれません・・・・面白くないか・・・・
>
> ライナス・愚・スペースエクスプローラー
>
それは面白しわけない、とワイの脳がほざいてまんな。



[7019] Re: 罪

投稿者:   投稿日:2017年 6月24日(土)01時41分58秒 FL1-203-136-127-241.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用 > No.7007[元記事へ]

> わたしの苦しみでない仏の苦しみなんだこれはって
> 最大の救いにもとれるんですがどうなのかな?

小林麻央さんが、亡くなられたそうで、34歳とのことで、小さい子供を残してのことなので
つらかったろうと思います。

また、わたしは読んだことありませんが、彼女のブログで励まされた人も多いと思います。

わたしもガンのとき、5人のブログを読んでいました・・・様々な生き方があると感心しました。
その5人は、全員、亡くなられました。

また、アル中のときは、アル中のひとびとの話を聞いて、感心しました。

ここで思うのは、個人の問題はひとりで抱えてはいけない、ということです。

問題には普遍性があり、要点は、その普遍性があるという事実自体が、苦痛を和らげるということです。

ですから、問題、苦しみをシェアすることが大事なんだと思います。

構造的には、こうなっています。

苦しみは存在します。「わたしの」苦しみは存在しません。苦しみがあるだけです。

この時、苦しみから逃れようとしません。その時、苦しみから解放されていきます。

自分の苦しみがどのようなものであれ、それは、宇宙的な苦しみです。別の言い方をすれば、
仏の苦しみです。苦しみを宇宙とシェアするんです。

テレビによると、彼女は、生きる希望を最後のころまで持っていたようです・・・それをテレビでは
肯定的に評価していました。それは、苦しみを増すだけだと思います。

人生は存在しますが、「わたしの」人生は存在しません。であれば、「わたしの」人生を大事にしないんです。捨ててしまいます。もちろん、自殺するということではありません。

捨てさえすれば、生きるのが楽になります。

どう捨てればいいか、頭の中を空っぽにしていく、バカになっていく、デクノボウのように生きる。
そういうことだと思います。

ひとびとと、神や仏と、シェアしていくのは、この作業の一環です。

ここに、正直さとか、誠実さとか、賢明さ、とか、そういったものが、そして、はるかに大きな存在が
おのずから訪れてくるのだと思います。

ライナス・愚・スペースエクスプローラー







[7018] Re: 前川前次官

投稿者:   投稿日:2017年 6月24日(土)00時53分44秒 FL1-203-136-127-241.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用 > No.7017[元記事へ]

> ユーチューブはこちらです。
> https://www.youtube.com/watch?v=_R7ujKoHSxs
>
> 生中継は毎日新聞のをみていました。
> Yogaから帰宅し、再度、録画視聴しました。
>  1:18:00 ~ 1:20:07
> お父さまからゆずり受けた、佛教に関する部分。
> 坐禅修行もなさっていたんですね。
>
>
> p.s.
> 東京新聞望月記者との質疑は
>  1:41:25 ~ 1:43:46

なんか、いまの政府がウソつきだと、完全にばれちゃった感じですね・・・・

官僚主導がいいとも思わないし、いまの政府もいいこともしていると思うけど、台無しですね。

これだけ、状況がハッキリしているのに、政府を守らなきゃならない自民党や公明党の政治家と
いうのは、どのような精神状態にあるんでしょうか?

かなり苦しいものがあるんでしょう。

ここで、自分がかれらの立場であれば、どうするのか?ということを
考えるのも面白いかもしれません・・・・面白くないか・・・・

ライナス・愚・スペースエクスプローラー



[7017] Re: 前川前次官

投稿者: とり  投稿日:2017年 6月23日(金)23時35分1秒 pl16835.ag0102.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用 > No.7012[元記事へ]

ユーチューブはこちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=_R7ujKoHSxs

生中継は毎日新聞のをみていました。
Yogaから帰宅し、再度、録画視聴しました。
 1:18:00 ~ 1:20:07
お父さまからゆずり受けた、佛教に関する部分。
坐禅修行もなさっていたんですね。


p.s.
東京新聞望月記者との質疑は
 1:41:25 ~ 1:43:46



[7016] Re: 前川前次官

投稿者:   投稿日:2017年 6月23日(金)22時00分24秒 FL1-203-136-127-241.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用 > No.7015[元記事へ]

> 私もいろいろの宗教の旅をしてきた結果、宗教政治思想がいかに余計なものかの結論に至っているわけです。
> だからこそ、すべての人が皆、自分の環境の中で人生を学んでいるとの結論に至ったわけで、この肉体が終わる時までそれは続くでしょう。人は皆、自分の環境の中で人生を学んでいるのではないでしょうか?
> 家族、友人、仕事、或いは、音楽美術文学等の芸術・スポーツ、その人に与えられた環境で人生を学んでいる、それは最低限の前提にしております。
>
> 従軍慰安婦や南京大逆殺の問題にしても、私も以前は愚さんのように思っていましたが、かなり勉強した結果
> 現在のマスメディアの見方とは違ってきました。だからこそ、この場では、そういう話はしたくありません。だって、きりが無いでしょう?
>
> 一作年の2月に悟りの体験をしてからも、色々と自分なりに追及して参りました。
> 悟ったからと言って何も変わらないし、悟っていなくても何の問題もないことも実感しています。
> でも、自分が悟る前に戻りたいかといったら、それは嫌です。私が悟りの体験の前後半年くらいに、知り合いが2人同じ経験をしていますが、私と同じ感想です。差別はないにしても、前には戻りたくないと…。
>
> 現在私は、自他の区別なんか無いし、人は皆平等であり、どんな風に生きようと自由であり、皆一つの意識だと感じております。間違った人生、間違った考えなどどこにもありません。
>
> 私も愚さんが言われているように、正直・善良・真実(真善美)を第一としてきたからこそ、今があると思っています。
>
> だからこそ、愚さんやこの場を注目して参りましたが、残念です。
> 撤退させて頂いたほうがいいみたいですね。
>
なぜあなたは、わたしの意見に、そんなに影響されるのですか?

ライナス・愚・スペースエクスプローラー



[7015] Re: 前川前次官

投稿者: しげ象  投稿日:2017年 6月23日(金)21時50分1秒 p1678014-ipngn15801marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用 > No.7014[元記事へ]

> あなたは、不変の我を、この場に求めておられるようですが、それはそれでご自由ですが、
> わたしが求めているのは、わたしたちの正直さと、善良さです。
>
> わたしたちの、問題のひとつは、日常性から離れた、悟りだとか、オカルトとか、グルだとか、
> 禅だとか、明晰さとか、そういったものを求めてしまうところにあると感じます。
>
> すごく好きな言葉に・・・クリシュナムルティですが・・・
>
> 賢明だから、善良なのではなく、
> 善良だから、賢明なのだ
>
> というのがあります。
>
> わたし自身、宗教とかそういったもので、結構、旅をしてきたほうだとは思いますが、
> 行きつきそうなところは、悟りでも、浄土でも、神でも、そんなものではなく、
> 結局、ひとびとの善良さ、正直さ、素直さ、そういったあたりまえのことのようです。
>
> 正直さ・・・それは謙虚さなのですが・・・そういう感じが、わたしたちの、あらゆる問題を
> 解決するような気がします。
>
> ライナス・愚・スペースエクスプローラー

私もいろいろの宗教の旅をしてきた結果、宗教政治思想がいかに余計なものかの結論に至っているわけです。
だからこそ、すべての人が皆、自分の環境の中で人生を学んでいるとの結論に至ったわけで、この肉体が終わる時までそれは続くでしょう。人は皆、自分の環境の中で人生を学んでいるのではないでしょうか?
家族、友人、仕事、或いは、音楽美術文学等の芸術・スポーツ、その人に与えられた環境で人生を学んでいる、それは最低限の前提にしております。

従軍慰安婦や南京大逆殺の問題にしても、私も以前は愚さんのように思っていましたが、かなり勉強した結果
現在のマスメディアの見方とは違ってきました。だからこそ、この場では、そういう話はしたくありません。だって、きりが無いでしょう?

一作年の2月に悟りの体験をしてからも、色々と自分なりに追及して参りました。
悟ったからと言って何も変わらないし、悟っていなくても何の問題もないことも実感しています。
でも、自分が悟る前に戻りたいかといったら、それは嫌です。私が悟りの体験の前後半年くらいに、知り合いが2人同じ経験をしていますが、私と同じ感想です。差別はないにしても、前には戻りたくないと…。

現在私は、自他の区別なんか無いし、人は皆平等であり、どんな風に生きようと自由であり、皆一つの意識だと感じております。間違った人生、間違った考えなどどこにもありません。

私も愚さんが言われているように、正直・善良・真実(真善美)を第一としてきたからこそ、今があると思っています。

だからこそ、愚さんやこの場を注目して参りましたが、残念です。
撤退させて頂いたほうがいいみたいですね。

今まで、どうもありがとうございました。



[7014] Re: 前川前次官

投稿者:   投稿日:2017年 6月23日(金)20時39分9秒 FL1-203-136-127-241.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用 > No.7013[元記事へ]

> > かれの記者会見、観ていますが
> > 結構、強烈ですね・・・特に、メディア批判が・・・
> > これをメディアが出すかな?
> >
> > ライナス・愚・スペースエクスプローラー
>
> お酒の場で政治と宗教とプロ野球の話はやめましょう、ってのがありますよね。
> 正直言って、この場ではどうなんでしょう?
> 20年前くらいから、従軍慰安婦も南京大虐殺も事実じゃないって私は言ってましたが、その当時は極右扱いさてましたが、朝日新聞社が訂正した後から、ちゃんと認められるようになりました(笑)
> 私と正反対の左翼的な友人がいて、困ってますが、彼はホントいいやつだし認めていますが…。
> 現われては変化し消えてゆくことではなく私は、この場には不変の我を求めています。
> でも、まぁ、色んな人がいらっしゃいますので、それはそれでいいのかも知れませんね。

わたしは、従軍慰安婦も南京の虐殺も程度の問題はあれ、事実だと推測しています。
日本の朝鮮、中国に対する侵略はとんでもないことです。
わたしが禅を始めた理由のひとつは、(真理を悟ったといわれている)禅僧が、
なぜ、太平洋戦争に、あれだけ、積極的に加担したかということでした。

前川氏を見ていると、かれの強さ?は、正直さにあると感じました。
ちょっと、かれに、政府側の政治家が真正面から対抗するのは大変でしょうね・・・

あなたは、不変の我を、この場に求めておられるようですが、それはそれでご自由ですが、
わたしが求めているのは、わたしたちの正直さと、善良さです。

わたしたちの、問題のひとつは、日常性から離れた、悟りだとか、オカルトとか、グルだとか、
禅だとか、明晰さとか、そういったものを求めてしまうところにあると感じます。

すごく好きな言葉に・・・クリシュナムルティですが・・・

賢明だから、善良なのではなく、
善良だから、賢明なのだ

というのがあります。

わたし自身、宗教とかそういったもので、結構、旅をしてきたほうだとは思いますが、
行きつきそうなところは、悟りでも、浄土でも、神でも、そんなものではなく、
結局、ひとびとの善良さ、正直さ、素直さ、そういったあたりまえのことのようです。

正直さ・・・それは謙虚さなのですが・・・そういう感じが、わたしたちの、あらゆる問題を
解決するような気がします。

ライナス・愚・スペースエクスプローラー



[7013] Re: 前川前次官

投稿者: しげ象 投稿日:2017年 6月23日(金)19時57分40秒 p1678014-ipngn15801marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

> かれの記者会見、観ていますが
> 結構、強烈ですね・・・特に、メディア批判が・・・
> これをメディアが出すかな?
>
> ライナス・愚・スペースエクスプローラー

お酒の場で政治と宗教とプロ野球の話はやめましょう、ってのがありますよね。
正直言って、この場ではどうなんでしょう?
20年前くらいから、従軍慰安婦も南京大虐殺も事実じゃないって私は言ってましたが、その当時は極右扱いさてましたが、朝日新聞社が訂正した後から、ちゃんと認められるようになりました(笑)
私と正反対の左翼的な友人がいて、困ってますが、彼はホントいいやつだし認めていますが…。
現われては変化し消えてゆくことではなく私は、この場には不変の我を求めています。
でも、まぁ、色んな人がいらっしゃいますので、それはそれでいいのかも知れませんね。



[7012] 前川前次官

投稿者:   投稿日:2017年 6月23日(金)17時20分40秒 FL1-203-136-127-241.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

かれの記者会見、観ていますが
結構、強烈ですね・・・特に、メディア批判が・・・
これをメディアが出すかな?

ライナス・愚・スペースエクスプローラー



[7011] Re: つぶやき

投稿者: 水月 投稿日:2017年 6月23日(金)06時15分31秒 ntkngw029045.kngw.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

> >只管打坐は、具体的には、こころの雑音にただ耳を傾けているだけです。
> >暑い、寒い、憎い、可愛い、悩んだり、そこに手を加えない、それだけです。
>
> これだけだと、日常になにか張りがないということになります。
> 湧き上がる雑音をサラサラ流すだけ・・・・・『来るもの』を見つめて相手にしないようにしているだけ・・・それだけだと、なにか受動的で張り合いがない。
> ・・・・・・・・・・・・・・・・

只管打坐・・・その動的な日常態とでもいうべき即今のありよう
・・・ここが最終的にどのようなありようになってくるのかということが要点であって、
おそらく、それは、「不完全の完全」というような見当になってきそう。

 エネルギーは、流れなければならない・・・・。しかし、坐禅、静的局面は、車の運転でいえばアイドリングのようなもので、坐から離れた動的局面のように実際走行でエネルギーが流れていかなければならない。
 だから、思考の発生場所の観察体制だけでは、『ものたりない』のであって、・・・・。
坐中は、とらえて消えていくのを眺めている感じ、動中はそれをしながら、坐っているのではなく、動いている・・・・余計なものはサラサラと流しながら、糸が切れた凧のように、なりゆきまかせに流動していく、錯覚の自分は錯覚の自分であって、本体は宇宙全体があるだけ・・・・。

 なりゆきまかせ、のなかには、『手を加えなかった暑い、寒い、憎い、可愛い、悩んだり、・・・』がサラサラ流し去ったものではなく、まさしく、流さなかったエネルギーとして残っている・・・それは、『そこを動いてはいけないという意味で残っているエネルギー』・・・・・その残っているエネルギーが、なりゆきまかせとして、流れていかなければならない構造のはず・・・・・。

 そこをベースにもう一度分別の世界に戻っていくという方向は出てこないのだろうか。これは、いわゆる学問が要るのか、要らないのか、という話・・・・。分別は、どうよみがえるのか(あるいは、よみがえらない)という話・・・・。


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